現代版養生訓

2023年の現代版養生訓

1月

市立病院 脳神経外科 丸山 拓実 医師

脳梗塞で手遅れにならないために〜血栓回収術と血栓溶解療法〜

介護が必要になった原因として脳卒中の割合は非常に多く、日本においては5人に1人とされています。脳卒中とは、脳梗塞、脳出血、くも膜下出血の総称で、その7割以上を脳梗塞が占めます。
脳梗塞は、心臓などから飛んできた血栓や動脈硬化が原因で脳の血管が詰まり、その先の脳細胞が壊死してしまう病気です。20年程前の脳梗塞治療は、保存的治療しか選択肢が無く、脳梗塞が完成して寝たきりになってしまう方が大半でした。しかし、静注血栓溶解薬(t|PA)や、脳血管内治療(血栓回収術)の導入により、多くの患者さんを救えるようになってきました。特に脳血管内治療機器の発展は目覚ましく、ここ10年で多くの治療道具が新たに導入されています。血栓回収術により、詰まった太い血管の大半を再開通させられるのが8〜9割、そのうち、自立した生活が送れるレベルまで回復できるのが3〜5割位と、治療成績は年々良くなってきています。
従来、脳梗塞に対する血栓回収術は発症から6時間以内に限定されていましたが、令和2年3月から症状や画像結果によっては対象が24時間まで延長しました。だからといってゆっくり受診すれば良いのではなく、脳梗塞の超急性期治療が時間との戦いであることに変わりありません。脳梗塞が発症すると、毎分190万個の脳細胞が失われると言われています。再開通するまでの時間が短ければ短いほど良いことは明白であり、1分1秒でも早く病院に到着していただきたいです。治療方法の判断はわれわれ医師が行いますので、もし半身麻痺や言葉がおかしい人を見かけたら、直ちに救急車を呼んでください。

 

2月

市立病院 整形外科 伊東 秀博 医師

骨粗鬆症と大腿骨の骨折

「大腿骨頚部骨折」という骨折を聞いたことがありますか?骨粗鬆症による代表的な骨折で、大腿骨=ふとももの骨 の付け根の骨折です。ふとももの付け根の骨折は、骨折した場所により頚部骨折や転子部骨折などがあり、総称すると「大腿骨 近位部骨折」といいます。
「大腿骨近位部骨折」は骨粗鬆症が進んだ高齢者がつまづいて転倒するなど、ささいな原因によって生じてしまいます。そして強い痛みのため歩行困難になります。この骨折の受傷者は、わが国では令和元年に20万人と推計されています。骨折を生じないための対策として、骨粗鬆症について認識を高めることが挙げられます。

検診で骨粗鬆症の危険性を把握し、的確な治療を受けることが必要です。特に閉経後の女性では骨粗鬆症と診断されていなくても、骨密度は年齢とともに下がりますので予防を心がけましょう。
予防の基本は食事と日頃からの適度な運動です。意識して摂りたい栄養素はカルシウム、ビタミンD、ビタミンKです。運動は、毎日少しずつ散歩の距離を増やし、つま先立ちの訓練をすることも有効です。骨粗鬆症と診断されれば、飲み薬や注射で治療を行います。また、日頃から転倒しないよう予防することが大切です。杖など補助具の使用や、床につまずきやすいものを置かず段差を減らすなど自宅の整備も有用です。骨折してしまった場合は、寝たきりのきっかけにもなりやすいため、早期に骨折の治療を行ってリハビリを開始することが推奨されています。そして、再発(再骨折)防止のために、医療従事者をはじめとして、骨折に関わる全ての人々が一体となって取り組むことが重要になります。

 

3月

市立病院 形成外科 水藤 元武 医師

危険が予想されるときは、機械の「電源を切ってから」作業してください

もしも指を失ったとして、その状態での日常生活や仕事を想像されたことはありますか?
何か作業をするときに、指はとても重要な働きをしています。指を失うと、食事や着替え、洗顔、書字など日常生活で必要な動作が急に難しくなります。細かい作業や機械の操作、はさみなどの道具を使うことも難しくなります。さらに、握力が弱くなり重い物や大きな物を持つことも困難になります。
職場の機械や農機具などで指にけがをして、指を失ってしまう方が毎年いらっしゃいます。どうしても避けられなかった事故はありますが、多くは機械の電源を切らずに機械の点検や掃除をしたり、機械に挟まったゴミを取ろうとした時に起こります。指が機械に挟まれると骨は砕け、皮膚や腱も潰れてしまいます。そのような損傷の激しい指は救うことはできず、指を失うことになってしまいます。指が切断された場合は、損傷が軽度であれば太さ1㎜ほどの血管をつなぐことで指を救えることもあります。

しかし術後に長期間にわたるリハビリが必要であり、指の動きは完全に元通りにはなりません。機械に不具合が生じた際に、「いつもやっているから」「慣れているから」「作業を中断したくないから」と、電源を切らずに作業をして指を失うと、その後の人生に大変な支障をきたします。指のけがは予防が重要です。大切な指を失わないために、危険が予想されるときは、可能であれば機械の「電源を切ってから」作業を行うように心掛けてください。

 

4月

市立病院 小児科 萩元 緑朗 医師

子どもの事故について

誰もが子どもの健やかな成長を願ってやみませんが、それをおびやかすものとして、まずは「病気」があり、もう一つ重大な問題として「事故」があります。
0歳から14歳までの子どもの死亡原因のうち、「不慮の事故」によるものが毎年上位を占めています。死亡にまで至らないとしても、日常生活の中で事故は数多く発生しています。そして、子どもの事故の3割は家庭内で起きています。事故の予防として、「子どもから目を離さないで」とはよく言われますが、常に子どもの行動から目を離さないでいることは実際には至難の業です。

子どもの事故は、子どもの成長に伴って月齢や年齢ごとに起こりやすい事故の種類がかわってきます。事故が起きてしまったときに、「まさかそんなことをするなんて」と思うことが多いのですが、「想定外」に備えることで「想定内」にしていくことができます。子どもの行動をあらかじめ予測しながら、事故予防を工夫することが大切です。
例えば、乳幼児期で気をつけたいのは、タバコ(最近は加熱式タバコが増加)や家族の薬、ボタン電池などの「誤飲」、豆類などによる「窒息」、さらに「やけど」、「転倒・転落」、「溺水」などです。それらに対して、子どもが口に入れそうな物、ポットや炊飯器などは子どもの手が届かない場所に置く、おふろには子どもが一人で入れないように注意する、窓際やベランダにはよじ登れそうな台を置かないなどの対策が有効です。子どもの目線に立って、家の中の家具や家電の置き場所、危険な場所や物などを、もう一度見直しておくとよいでしょう(母子手帳なども参考にしてください)。

 

5月

市立病院 皮膚科 上條 史尚 医師

帯状疱疹のおはなし

帯状疱疹は、多くの人が子どものときに感染する水ぼうそうのウイルスが原因で起こります。水ぼうそうが治った後も、ウイルスは体内(神経節)に潜伏していて、過労やストレスなどで免疫力が低下すると、ウイルスが再び活性化して、帯状疱疹を発症します。体の左右どちらかの神経に沿って、通常、皮膚症状に先行して痛みが現れます。神経に炎症を起こすからです。その後、痛みを伴う赤い斑点と水ぶくれが多数集まって帯状になります。

神経の損傷がひどいと、皮膚の症状が治った後も、痛みが続くことがあります。これは「帯状疱疹後神経痛」と呼ばれ、最も頻度の高い合併症です。神経は損傷されると再生がしにくいからです。また、帯状疱疹が現れる部位によって、角膜炎、顔面神経麻痺、難聴などの合併症を引き起こすことがあります。治療は、原因となっているウイルスを抑える抗ウイルス薬と、痛みに対する痛み止めが中心となります。帯状疱疹の痛みは発疹とともに現れる痛みと、その後、神経が損傷されることにより長く続く痛みに分けられ、それぞれに合った痛み止めが使われます。
帯状疱疹は、加齢や疲労などによる免疫力の低下に伴い、誰でも発症する可能性のある病気です。帯状疱疹になりにくい体づくりのためには、食事のバランスに気を付ける、睡眠をきちんととるなど、日頃から体調管理を心がけることが大切です。50歳代から発症率が高くなり、80歳までに約3人に1人が帯状疱疹を発症するといわれています。50歳以上の方は、ワクチン接種で予防(保険診療外)することも選択肢のひとつです。

 

6月

市立病院 泌尿器科 中藤 亮 医師

過活動膀胱

急に起こる、我慢できないような強い尿意のことを尿意切迫感といい、尿意切迫感に伴って頻尿や尿失禁などの症状がある状態を過活動膀胱といいます。過活動膀胱の方は加齢に伴って増加し、60
歳代の方の約1割、70歳代になると約2割、80歳代では35%以上の方に過活動膀胱があると言われています。
過活動膀胱の原因として、加齢、高血圧、糖尿病、高脂血症、性ホルモンの分泌低下、前立腺肥大症、脳梗塞やパーキンソン病などの脳疾患、脊柱管狭窄や腰椎ヘルニアなどの脊髄の疾患などがあると考えられています。過活動膀胱の診断には、症状の経過や程度についての問診と、似たような症状を呈する別の病気(膀胱炎や、おしっこの通り道のがんなど)がないか区別するために、尿検査、超音波検査、男性であれば前立腺がんの血液検査(PSA検査)などを行います。
治療としては、第一に行動療法があります。生活習慣の指導(過剰な飲水の制限、アルコールやコーヒーなどカフェインを含む飲料の制限などがあります。また寒さは切迫感症状の誘因となるため、入浴や適度な運動も推奨されます)、骨盤底筋体操の指導(立ったり、座ったり、仰向けに寝たり、色々な姿勢でお尻を閉めるように力を入れ、10秒間キープします。これを3 〜5 回繰り返します。)などです。費用がかからず、副作用の心配がない安全な治療です。

第二に内服薬での治療があります。膀胱の過剰な収縮を抑えるお薬や、漢方薬、男性であれば前立腺肥大症に対してのお薬を併用します。

 

7月

市立病院 産婦人科 芦田 敬 医師

月経困難症について

月経困難症とは月経(生理)期間中に伴って生じる病的症状と定義されています。生理痛によって日常生活に何らかの支障を来していれば月経困難症となります。
月経困難症の主な症状は、下腹痛、腰痛、腹部膨満感、吐き気、頭痛などです。日本では約900万人の患者さんがいると推計されており、そのうち医療機関で治療を受けている人はその10%程度と言われています。医療機関を受診していない主な理由は「生理痛は病気ではない」、「婦人科に行きたくない」などが考えられます。
月経困難症には原因となる病気の有無で二つのタイプに分けられます。

①原因となる病気がない場合(機能性月経困難症) 初経後3年以内に発症することが多く年齢とともに症状が改善することが多いですが、将来子宮内膜症などを発症する可能性もあります。
②原因となる病気がある場合(器質的月経困難症) 子宮内膜症や子宮腺筋症などが原因であり年齢とともに症状は悪化し、治療しなければその病気自体が進行して悪影響をもたらす可能性があり
ます。子宮内膜症とは子宮内膜に似た組織が何らかの原因で卵巣や腹膜などにできて増殖してしまう病気です。その組織が正常な子宮内膜と同様に月経周期に合わせて増殖して剥がれますが、正常な子宮内膜とは異なりきちんと排出されずに溜まって炎症を引き起こしたりして痛みの原因となります。

そして不妊の原因となったり、まれに卵巣がんの原因となったりします。月経困難症の主な治療は薬物療法です。鎮痛薬などの痛みに対する対症療法と卵巣や子宮内膜に作用するホルモン療法があります。また場合によっては手術療法も考慮されます。市販の鎮痛薬で症状が改善しない場合には産婦人科受診をすすめます。